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ぐだぐだレスキュー大作戦 -前編- (ケン、春麗、ガイル、リュウ)

登場人物→ケン、春麗、ガイル、リュウ
コメディ


 



【ぐだぐだレスキュー大作戦 -前編-】


ケンは受話器を置くと、目の前に置かれた電話機をしばらく見詰めていた。
世間から隔離された修行時代を終え、社会復帰を果たし、父親から社長椅子を引き継いでそう日が浅いというわけでもないのに、この電話機だけが浮いた存在に思えてならなかった。
軽く拳を落とせば粉々に破壊されるであろうこの精密機械が、自分を事あるごとに一喜一憂させる。受話器から聞こえてくる若干トーンの変化した声に落胆し、些細な報告に希望を抱いて心躍らせ、時にはけたたましく鳴り続ける呼び出し音に苛立ちを感じることさえあった。
山に篭っていた頃はなによりも「気」の扱い方に全神経を集中させ、幼い彼にとっては不可解で難解な修行の末それを見事習得してみせた。だというのに、この目の前の小さな機械は彼の集中力に易々と切り込んでくる。まるで温かなマーガリンにナイフを入れるように。
それを理解するには仕事の要領を覚えるよりも時間がかかった。無機質な物など相手にしたことがないのだから当然といえば当然で、そもそも「集中」や「気」の種類が違うのだ。
やれやれ、とため息交じりに笑いプレジデントチェアに身を沈める。180度回転させると、ガラス張りの向こうに広がる空はどんよりとした雲を敷き詰め申し訳程度の雪を降らせていた。
見慣れた高層ビル群は灰色まで色彩を抑え、ひっそりと身を潜めているように見える。
――楽しいはずのイベントなのにいいアイディアが浮かばない。全くなんてことだ、頭の中まで年くっちまったのか? 彼は再びため息をつき後ろ髪を掻いた。

 

それはほんの20分前、秘書から内線電話が入り彼女は、奥様からお電話です、とだけ告げた。上司というよりも一人の男として彼女の身の上を案じてしまうほど、その秘書は優秀でビジネスライクで無愛想だった。
『姉さんの家に行ってきたの』
その声を聞いた途端、ケンの浮かれていた気持ちは一気に消えうせた。かろうじて、へー、と返事をした自分を褒めたいくらいだ。
『ガイルったらもう三ヶ月も家に帰っていないっていうじゃない。親友の捜索だか仕事だか知らないけど、姉さんやクリスをどれだけ悲しませれば気が済むの! その上私が怒ったら姉さんなんて言ったと思う? 彼の気持ちをわかってあげて、ですって! どこまでお人よしなのよ!』
散弾銃のように続くイライザの話を聞きながら、ケンは今にも笑ってしまいそうで口元をおさえた。妻は今頃受話器を握り締め眉を吊り上げ怒っているに違いない。鮮明に頭に浮かぶその光景は、オフィスで緊張していた彼の気を和ませた。
あらかた話し終えると、彼女は怒りを落ち着かせるように深呼吸をしていた。どうやら弾切れのようだ。ケンはすかさずソフトな口調で切り込む、でないと弾を装填しかねないからだ。
「それで? なにか用があって電話してきたんだろう?」
『今夜のディナーはキャンセルしたから』
「はぁ!?」
それはあまりに唐突で、ケンは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。そんなのってあんまりだ、久しぶりに外で待ち合わせをして恋人気分を味わえると楽しみにしていたのに。
『だって、ディナーの前にガイルのバースデープレゼントを選びに行こうってあなた言ってたじゃない。贈る気になんてなれないわ』
「それじゃあさ、ディナーだけにしよう。それならいいだろ?」
『今夜は姉さんの家に泊まるわ。クリスと一緒にケーキを焼くの』
お仕事がんばってね、とだけ言うとその電話は切れた。
ケンは状況をうまく呑み込むことができず、しばらくの間無情な機械音が鳴るそれを耳に押し当てていたが、力なく電話機へ戻した。
この精密機械はなんて無敵な存在なんだと、ケンは大人気なくそれを睨む。
やり場のないこのもやもやとした気持ちを発散するため、電話機を片手で握りそのまま粉砕してしまうことなどあくびをしながらでもできることだが、そんなことをすれば優秀な秘書が飛んできて、ビジネスライクに交換の指示を該当部署へ出し、部屋の外では冷静に、と無愛想に忠告されるのだ。妻とはケンカをしたわけじゃないんだ、と言い訳ぐらいさせてくれてもいいのに、とケンは思う。
立ち上がってプレジデントデスクの前方にある応接セットへ移動すると、ソファーへ腰掛け身体を倒して横になった。
こんなときあいつならどうするだろう……。ケンは親友の顔を思い浮かべ、見当違いな自分の考えに自嘲的に笑った。
どうするもくそもないだろう、あいつはこんな状況に出くわしたことがないんだから。
リュウと共に生活をしていたとき、なにかの機会があって常識的な問題に直面すると彼は決まって困り果てた目を向けケンに助けを求めた。一般常識が壊滅的に欠落している彼にとって、隣りに立っている親友はどうにかしてくれる存在であり、実際ケン自身も要領のいい立ち回りでどうにかしてきた。
それに彼は、ファイターではない女性をどう扱っていいのか全くわからないようだった。思いつきで六ヶ月の修行旅行へ出かけたとき、イライザは一緒に帰国したリュウを涙ながらに責め立て彼をほとほと困らせたことがあった。どうやら彼女は、リュウが彼を連れまわし修行漬けの生活に引きずり込もうとしていると勘違いしたらしい。そのときのリュウも、苦笑いを浮かべてケンに助けを求めていた。
数分前、電話の向こう側で声を荒げていたイライザの気持ちは理解できる。だがしかし、ガイルのとった行動もケンにとっては正解以外のなにものでもない。もしも自分が全く同じ状況に置かれたとしたら、なにも迷うことなく全てを捨てる覚悟で旅立っただろう。法的にとか軍人的にとかそんな難しいことは関係なしに、彼の判断は正しいと思う。ただ恐ろしく要領が悪いだけなのだ。
――だからって俺たちのデートを阻止する権利はないだろう。ケンは八つ当たりのため息をついた。

ぼんやりと天井を眺めていると、携帯電話がワンコールだけ鳴った。上着の胸ポケットから出して確認すると、それは旧友からのメールだった。
『こちらでの仕事が片付きそう。明後日以降に観光をしたいわ。香港に来たときだって付き合ってあげたんだから、今度はあなたの番よ』
ケンはすぐに電話帳の『C』欄を呼び出し電話をかけた。予想通り彼女はすぐに出た。
「久しぶりだな春麗、こっちに来てたんならもっと早くに電話してくりゃよかったのに」
『なに言ってるのよ、お互い暇じゃないでしょ』
そりゃそうだ、とケンは笑う。旧友たちの声はどれも同じ懐かしさを含んでいる。一瞬にして幼く未熟だった修行時代の自分へ戻してくれる。
彼は一瞬、彼女を今夜のディナーに誘おうかと思ったけれどやはりやめておいた。なんだか春麗にもイライザにも失礼な行為に思えた。彼女も彼と同じように上流家庭で育ったけれど、春麗とはホットドッグとコークを買って公園のベンチへ座った方が話がはずみそうな気がした。
「なぁ春麗、ガイルってなにを貰えば喜ぶと思う?」
今週末が彼の誕生日なんだ、と付け加えると彼女はくすくす笑った。
『さぁ、なにも思いつかないけど。パーティーでも開いてあげれば?』
「仏頂面になるに決まってるだろ」
『あら、いつも仏頂面じゃない』
そう言うと互いに同じ顔を思い出したらしく、同時に噴き出して笑った。ひとしきり笑うと、そうねぇ、と考え込むようにつぶやいた。
『なんにしても彼には休暇が必要だわ。家へ帰ればご家族も喜ぶし、その姿を見て彼も心が休まるんじゃないかしら』
「イライザも外泊しなくなる」
『なんのこと?』
「なんでもない」
ともかく、と彼女は続けた。
『せっかく休暇が取れたんだから観光よろしくね』
「ガイルに頼めよ、俺だって忙しいんだぞ」
『彼にも同じこと言われたわ、ケンに頼めって。そういえばあんたの話したら、えらくご機嫌ななめになってたわよ』
いつものことだろ、と口をはさんだけれど春麗はそれを無視した。
『どうも娘さんが、あんたのポスター見てかっこいいって騒いでたらしいわよ。ガイルはそれに腹を立てているとは絶対に認めなかったけどね』
そう言うと、彼女は面白がるようにくすくす笑う。ケンはソファーに寝転がったままネクタイを緩め右腕を上げて上着とシャツの袖を下ろすと、腕時計でささやかな休憩時間の残りを確認した。
先週か先々週かに妻から聞いた話を思い出す。父親の代から付き合いのあるメンズスーツを専門とするアパレル企業からオファーを受け、ケンは半年間のモデル契約を結んだ。まるでどこかのパーティーにでも出かけるような完璧なコーディネイトは、幼いクリスには物珍しく眩く映ったのだろう。すごい! かっこいい! を繰り返していたとイライザが楽しそうに話してくれた。
ケンは、やれやれ、ともう何度目になるかわからないため息をつく。
そんなことで怒るのなら、クリスマス休暇でも取ってクリスに自分のスーツ姿を見せてやればいいじゃないか。スーツなんてもの、ガキの俺よりもあいつの方がよっぽど似合うだろうし、あんなチャラチャラした格好と比べたら軍服のほうが数倍クールだ。
『観光ならあんたに頼んだほうがどこでも顔パスで通りそうじゃない。なんたってマスターズの社長さんなんだから』
「おいおい、刑事が職権乱用を推奨するなよ」
『足手まといなSPなんか連れてこないでよ。社長さんが誘拐されそうになったら私が守ってあげるわ』
「冗談言うな、俺がお前を護衛してやるよ」
やはり彼女はレストランに誘うべき相手ではない、とケンは改めて思った。観光の後公園へ行き、一試合してからベンチでホットドッグを食べるべきだ。そのとき一体どちらが、マスタードソースが染みると顔をしかめることになるだろう。
SPねぇ……、ぼんやりとそれについて考えていると、彼の頭の中で散らばっていた点が瞬く間に一直線に繋がり、まるで寝坊した朝のように腹筋と背筋で飛び起きた。
「それだ!」
『どれよ?』
春麗の呆れた声は、もうすでにケンの耳には届いていなかった。

 

腕が燃えている、とガイル少佐は己の左腕をじっと見ていた。
実際のところ皮膚が焼け焦げている訳ではない、汗をも蒸発してしまいそうなほど高熱を発しているのだ。垂らしている右手も合わせて拳を握ったり開いたりして具合を確かめる。正常だ、全く問題ない。
上腕二頭筋から指先までの筋肉が激しく収縮を繰り返し、心臓は忙しなく血液を送り込んでいる。急激に体温が上がったことに身体は驚き、大急ぎで熱を発散させようと汗を噴出し、その代償として若干の寒気を感じる。
ガイルはグラウンドの中央から休憩用のベンチへ向かうと、飲みかけのミネラルウォーターを左腕にかけ、二、三口飲むと残りを頭からかけた。固い頭髪に残った水気を指で払い、清潔なタオルで顔や頭や肩を拭うと幾分かすっきりとした気分になれた。
ズボンのポケットにしまっておいた支給品の腕時計を左腕に巻くと、デジタル数字は午後二時を表示している。そろそろトレーニングを引き上げ、デスクに貯まった書類を片付ける頃合だ。
シャワーを浴びて一息つくのはその後だ、そんな些細な楽しみでも取っとかないとデスクワークなんてやっていられない。
タオルを肩にかけたまま執務室へ向かっていると、部屋の前ですれ違った同僚が冷やかすようににたにたと笑って去って行った。不思議に思ったが彼は追いかけはしなかった。そういうことはティーンエイジャーのときに嫌というほどやりつくしたからだ。
ドアを開けるとガイルは一瞬たじろき、そしてすぐにいつもの無表情に戻った。
「おかえりなさい」
自分が座るべきデスクの向こう側には、私服の春麗が座っていた。コバルトブルーのチャイナドレスにダークブラウンのストッキング、白い編み上げブーツ。にたにたと笑っていたのはこのことかと、彼は呆れたため息をつく。
彼女を知らないここの人間からすれば、共に捜査をしていた捜査官の女の子がめかし込んで訪ねて来たように見えるのだろうが、ガイルからすれば臨戦態勢に入っているようにしか見えない。ブレザーの制服姿の方がどれだけ優しく見えることか。
「こんなむさ苦しいところへ来るもんじゃないぜ、お嬢さん」
「シャンプーの香りがする軍人が、どこかの国にはいるとでも思ってるの?」
「今の発言は差別的だぞ」
「あなたが先に言ったんじゃない」
ガイルは口をつぐみ、諦めとも譲歩とも取れない沈黙に徹した。春麗はデスクに両肘をついて機嫌よさげに微笑んでいたが、彼の無反応に飽きてしまうと立ち上がってドアへ歩み寄った。
「あなたに頼みたいことがあるの。これは極秘で非公式なことよ」
彼が開けっ放しにしていたドアを閉め、隣りの窓のブラインドを降ろし、室内が外部から見えないよう完全に遮断すると春麗は元いた席へと戻った。
しかし彼女は腰を降ろす前に固まってしまった。つい今しがた自分が閉めたはずのドアとブラインドは、ガイルによって元通りに開けっ放しにされていたのだ。
なにするのよ、とでも言いたげに睨んでも、彼はいつもと変わらぬ仏頂面で立っている。春麗は怒りをアピールするようにデスクの天板を叩くと、大股で彼の元へ行き横を通り抜けてドアを荒っぽく閉めた。ブラインドを降ろそうとすると、ガイルはそれよりも先にその窓を全開にした。廊下を通りかかった軍服の男が、不思議そうに彼らを見て去って行った。
ガイルは再びドアを開け放つと、それと窓の間にある柱にもたれて腕を組み無表情のまま彼女を見下ろしていた。まるで、この執務室での主導権は全て俺にある、と宣言するように。
「極秘だって言ったでしょ? 人に聞かれたくないのよ」
春麗が抑えつつも苛立った声でそう言うと、ガイルは腕組みをしたままちらりと廊下を振り返った。
「……何故そんな目立つ格好でここに来たんだ」
そう言った彼の意図が掴めず、春麗はじっとガイルを睨んだ。
「親父さんの事もいいが、君はもっと自分自身に気を配るべきだ。いいか春麗、俺はお前さんのことを志を同じくする者として信頼しているが、シャドルーを知らない端の者から見ればただの男と女にしか見えないんだ。俺はここで事実とは違う噂をたてられようがどうってことはない。言いたい奴には好きなだけ言わせておけばいいし、ユリアの耳に入っても、そんな度胸のある男じゃないと一笑に付されて終わりさ。しかし君は立場が違う。インターポールの捜査官として誰もが認める結果を出しているが、若い女が力を発揮しようとするなら男以上に隙を見せるべきではない。任務先での色恋沙汰なんて噂を上司に密告されたら、間違いなくお前さんの足枷になる」
「出世になんて興味ない」
「気が合うな。しかしわざわざ自分の立場を悪くする必要性はないはずだ」
「それに、私のボスはそんな噂を鵜呑みにするほど低脳な人じゃないわ」
「男の思考回路はそこまでクリーンにはできちゃいないのさ」
なんにしても、と彼は強引に続けた。
「年上の忠告は素直に聞いておくべきだ。ここにナッシュがいたら、俺より先に同じことを言ったはずだ」
ガイルが話し終わると、開放された執務室はしんと静まり返った。春麗は無表情の彼を茫然と見上げていたけれど、目を伏せ小さくため息をついた。
卑怯だ、と春麗は思う。ガイルが言うように春麗もまた、彼に対し志を同じくする者として共に戦えることを誇りに思い、心強くも思っている。その彼が、親友のナッシュを探し出すためどれだけのものを捨ててきたか嫌というほど傍で見てきた。そのガイルの口から『ナッシュ』の名前を出されると、彼の言い分に若干の矛盾があっても春麗はもう何も言えなくなってしまう。
だからこそ、とも彼女は思う。だからこそ春麗はここへ来たのだ。
ガイルは居心地の悪い雰囲気を仕切りなおすように咳払いをすると、デスクの前へ無造作に置いていたパイプ椅子へ腰掛けた。
「極秘で非公式とやらの話を聞こう。電話で済まさずわざわざここへ出向いたということは、記録に残されたくなかったんだろう?」
「ええ…そうね、米軍にこんな記録残されちゃ困るわ」
そう言った春麗の顔が一瞬引きつったように見えた。彼女はこの部屋の外部からの遮断を諦めると、ガイルの正面へ回りデスクの端へ軽く腰掛けた。
「実はね、誘拐事件があったとイライザから連絡をもらったの」
イライザ…? 誘拐事件? 一体なんのことだ? ガイルは予想もしなかった話に混乱してしまい、春麗の言葉を上手く理解することができなかった。彼女はそんなことにはお構いなしに、まるでガイルが既に知っている事のように話を進める。
「会社のこともあるから表沙汰にはしたくないみたい。できれば私とあなたで解決して欲しいようだったわ。
まぁ資産家のおぼっちゃんなんだから子供の頃から誘拐の危機には晒されてきただろうけど、犯人も馬鹿ならあっさり掴まるあいつも馬鹿よね」
「お、おい……まさかとは思うがその馬鹿ってのは…」
「イライザは警察には知らせないでくれって言ってたけど、私が刑事ってこと忘れてるのかしら」
「……ちょっと待ってくれ」
「私ってそんなに刑事には見えないのかしら。ねぇ、どう思う?」
「そんなことはどうだっていい!」
ガイルは話を遮るように声を荒げて立ち上がった。一呼吸置いてパイプ椅子がガタンと倒れる音がした。あまりに突拍子もなく思考が追いつかないというのに、彼女はどんどん話を進め呑気に脇道へ逸れていく。立ち上がった彼は驚きのあまり上手い言葉が見つからず、しばらくの間春麗を凝視していた。
「誘拐されたってのは……ケンのことか?」
そう言うと、春麗は何を今更、という顔で彼を見上げた。
「あら、言ってなかったかしら。資産家の息子でイライザの旦那で馬鹿っていったらあいつしかいないでしょ」
「あ、ああ……」
いまだ混乱しているガイルはそのまま腰を降ろしてしまい、しりもちをついて倒れたパイプ椅子で背中を強打した。なにしてるのよ、と春麗に笑われても耳に入っていないのかガイルは、なにやってんだあいつは…、と呟いている。彼は起き上がるとパイプ椅子を元の位置に戻し、そこへ座りなおした。社長に就任したとはいえケンは『全米格闘王』と謳われた男だぞ……、金目当てか怨恨か知らんがそれをあっさり誘拐するなんて……。
「まさかっ……シャドルーが」
「それはない。絶対にない」
春麗はいやにはっきりとした口調でそう言った。何故断言できるのかその理由が知りたくて、ガイルは黙って続きを待った。手に取るように、とまではいかないにしても長年の付き合いで互いの思考パターンは把握している。彼女は根拠もなしに物事を決め付けたりしない。ことさらシャドルーに関しては特に。春麗はその期待に答えるように口を開いた。
「ケンの家の電話は、携帯電話を除いて全ての回線を常に逆探知しているらしいの。そこから割り出した犯人の居所は、マスターズが運営するトレーニング施設だった。犯人の言葉を信じるならケンはそこにいるわ。その施設は今日は休館日で、出入りできるのはマスターズ関係者のみ、ということから金銭目的の内部の犯行じゃないかと私は予想しているの」
「部下に誘拐されたってことか。立派な社長さんだぜまったく……」
呆れたため息をつく彼に、春麗はなおも続けた。
「身代金はたったの300万ドルだし、48時間後には施設を爆破すると脅してきているけれど、なんとなく釈然としないのよね」
「ケンの生死もあるが、まぁ爆破するなら本社ビルでも狙ったほうが脅しの威力はでかいだろうな。そんなお飾りみたいなトレーニング施設、爆破されても経営が傾くほど損害になるとは思えん」
「でしょう? 金額といい施設といい、シャドルーがそんな小物じみたことするかしら」
オーケー、と立ち上がると、ガイルは肩にかけていたタオルを結びデスクへ投げた。
「とりあえずその施設へ向かおう」
「協力してくれるのね?」
春麗がそう言って駆け寄ると、彼は口の端を上げ少しだけ笑った。
「あの馬鹿は自業自得だと思うが、イライザとユリアに結託して責められるのかと思うと夜も眠れないんでね」


-To Be Continued-
 


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