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登場人物→サガット、チット、他
コメディ
帝王様があんまりカッコよくないので、そういうのが苦手な方は見ないほうがいいかもしれません…。
気が付くと彼はその場へ腰を降ろし、今はもういない少女の残像を追い求めるように田を見下ろしていた。途中まで苗が植えられた田は視界に入っているけれど、ただそちらへ目を向けているだけで実際はなにも見えてはいなかった。
徐々に意識が正常へと戻ると、僧侶の弟子たちは彼から距離を置いたところでたむろし、皆で言い合わせたように顔を蒼くしている。独眼で表情が乏しく感情をほとんど表に出さないものだから、帝王は少女の無礼な行為にご立腹なのだと勝手な勘違いをして震え上がっていた。
少年は、彼を気遣うように無言のまま隣りへ腰掛けていた。僧侶の弟子たちとは打って変わって、呑気な顔つきで小石で不思議な図形を地面に描きながら隣りの帝王が我に返るのを待っていた。
「……チットの好物はなんだ」
「そんなことしなくていいですよ。チットめ…、帝王様にむかってなんて失礼なやつなんだ」
少年は小さく舌打ちすると握っていた小石を田へ向かって投げつけた。サガットはその小石にすら若干の罪悪感を抱いた。
本当に失礼なのは俺だ、謝罪するべきなのは俺自身なのだ、そう伝えたいがそれをこの少年に言ってなんになる。ただの言い訳でしかないし、それじゃ何故さっき謝らなかったんですかと問われたら益々困惑してしまう。
俺は帝王などではない、俺とて過ちは犯すのだ……。馬鹿馬鹿しい! あまりにも愚か過ぎる! こんな愚の骨頂を極めた言い逃れが、純真な子供に通用するとでも思っているのか!
彼の頭の中では幾通りもの次に発しようとする言葉がぐるぐると交差し、腰を降ろしているというのに今にも眩暈で意識が遠のきそうになっていた。
「あー、そういえば」
少年の言葉にサガットは超人的な速さでそちらへ顔を向けた。平和な顔つきをした少年は、田園の先にある山を指差した。
「なんか、あそこの村が気になってるみたいでしたよ」
あんなありふれた山に一体なんの興味が……、そこまで考えて彼はその考えを打ち消した。俺は一体何様のつもりだ! あの子がどんな山に興味を持とうがあの子の勝手ではないか!
それでしたら私も聞いたことがあります、と僧侶の弟子の中で一番の年長者が話へ加わってきた。
「畑で取れた野菜を、時折運んでいるのを見ました。動物にやっているのかと訊いても教えてはくれず……」
「そういや、あの山に行って帰ってきた人にもやたら様子を訊いてたなぁ」
彼らの話を聞き終わる前に、サガットは立ち上がり山へ向かって歩き出した。虎が出るやもしれぬ、お前たちはここにいろ、と言うと僧侶の弟子は驚いていたが少年は、お気をつけてと陽気に声をかけた。
鬱蒼と木が覆い茂る山の中は、さきほどまでいた田園よりも薄暗くひんやりとしていた。サガットは当てもなく山道を登ってみたが、チットが興味を示すものがなんなのか検討もつかなかった。
しばらく道成りに進んでいると、崖の木々の間から数匹の狼が鋭い歯を剥き出しにしてこちらをじっと睨んでいた。彼が足を止め見上げると、狼たちは途端に尾を向け走り去った。
あの子はこんな危ないところにひとりで来ていたのか? 野菜を与えていた風には思えんが……。
徐々に明るくなり道が開けてくると、そこには切り開いた平地が広がり人々が生活していた形跡があった。しかしどこにも人の気配は感じられず、生活感が全くといってない。
狼の群がこの山にいるのであれば、それを狩る虎もまたここに寝床を持っているはずだ。かつては村を形成していたが、それが原因で村人たちはどこか別の山へ移ったか、もしくは山を降りたのだろう。
それでは、何故チットはここへ足を踏み入れる必要があったのだろうか。
空き家になってしまった住居らしき小屋を見て回り、ささやかな畑の残骸を眺めていると、その向こう側の崖に突然黄色い花畑が広がっていた。
花を摘みに来ていたのか? いや、農作物だけでなく植物すべてに愛情を注いでいるあの子なら、己の都合で根から切り離し花の命を断つことなど望まないはずだ。では一体……。
彼は、むぅ…と低く静かな唸り声を吐き、どうにか難問を解く糸口を探り当てようと花畑をぼんやりと眺めていた。
「誰かと思えばムエタイの面汚しじゃねーか! ここが俺様の縄張りと知ってのご訪問か!?」
突然木々の中から声がすると、上空から風を切る音をたてながら彼は現れた。しかし、サガットは微動だもせず難問を解くことに集中している。
「おい元帝王さんよ! ここに来たからにはどうなるかわかってんだろうな!!」
花でないとすれば、……木か? しかし薪や木材が必要なら、まず兄と話し合い大人の男に相談するはずだ。俺とて見上げるほどの木だ、小さな子供がどうこうできる代物でもあるまい。そしてなにより周囲の者に隠す必要性がない。
「どうした怖気づいたか? なぁに、この俺様が相手してやるからには悲鳴を上げる前に殺してやるさ!」
野菜を与える訳でもなく花でもなければ木でもない、他に一体なにがあるというのだ。
むぅ……、帝王と恐れられた俺がこんなにも苦悩させられるとは。俺はあの子に甘すぎるのだろうか。世の中には己の思い通りにならぬことのほうが多く、それは成長するに従って自ずと学び乗り越えていくものだ。
守るだけが帝王の強さではない、ときには障害を乗り越える力を学ばせるためにも、心を鬼にし苦難の道を歩ませる選択も欠いてはならぬ重要なことだ。
いや、しかし…、あの子は格闘家でもなければ俺の弟子でもない。ただ兄と平穏に暮らしている子供だ。そのようなことを案じている俺が愚かなのだろうか……
「おい! テメー聞いてんのか!!」
「やかましいわ黙れ!! タイガーアッパーカット!!」
肩を掴まれた途端に振り返りながら拳を突き出すと、アドンは悲痛な叫びを上げながら倒れた。
サガットが着地すると同時に、鳥たちは驚いたように一斉に飛び立っていく。彼はその存在に初めて気付き、小さな点がいくつも上空を舞っているのを眺めていた。
あの子が興味をひくような珍しい鳥でもいたのだろうか。彼は随分と長い間そこに立って鳥の去った青空を見上げていたが、どのようにすれば小さな鳥を捕獲できるのか検討もつかず、考えることをやめて山を降りて行った。
細い山道の途中で、通常のそれよりもかなり大きな体つきをした虎と出くわした。その足元には先ほど見ただろう狼が、死骸となって転がっている。
彼は虎の前へ立つと、無意識の内に毛並みを確認するように虎の頭を撫でていた。いっそのこと虎の皮を剥いで敷物でも作ってやればどうだろうか。これぐらいの大きさがあれば、兄妹が寝るに十分な尺が取れるだろう。
サガットはそこまで考えてそれを打ち消すように咄嗟に首を振った。いかん…、あの兄妹は虎に関して忘れがたい過去を今も抱えているはずだ。虎など敷いては安眠など得られるはずもなかろう。
触れた手のひらから何かを察知したのか、虎はまるで気付かれないようこっそりと退き、狼の死骸を銜えて森の中へと消えて行った。
-To Be Continued-
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